八月十八日
今僕は、必死に『ある物』を探している。
こんな事になったのは、そう、あの日が始まりだ。
八月十日
この日、僕は、久々にもらった休暇を実家で過ごしていた。
今僕はテラスにいる。
だが、午後四時二十七分に、一本の電話が入った。
「事件だ、現場は虹島町の協会だ、現場に急げ!」
そう、僕は警察官だ。
しかし何という事だろう、虹島町とは今僕がいるこの町だ。しかも、すぐ後ろを向けば協会が見える。
「急がないと、あなた死んじゃうよ…」
耳元で、誰かがささやいた様だった。
僕は現場に急いだ。声も気になったが、それ以前に、この町で事件が起きるなど、僕が生まれてからずっとなかった。
行ってみると血の跡や凶器などはなくただ、死体の形に添ってビニルテープが貼ってあるだけだ。
この近くの交番にいる警察官がパトロールをしていた時見つけたらしい。
仲間の警察官の話によれば、被害者は、拳銃で撃たれた跡も、ナイフで刺された後もない。それどころか、寝ていたようなきれいな死体だったという。
被害者について調べた結果、年齢二十八歳で、職業はデザイナー、『三鷹 夏奈子(みたか ななこ)』という名前だと分かった。
八月十三日
僕は三鷹 夏奈子の仕事場所に行ってみた。
仕事仲間によると、三鷹 夏奈子という人物は、最近付き合いが悪く、仕事が終わるとどこかへ行ってしまうという。
どこへ行ったかは、まるで知らないという。
あきらめて帰ろうとしたら、『前谷 萌子(まえたに もえこ)』という女性(名札を見た)が、僕に、三鷹 夏奈子を偶然見たときのことを教えてくれた。
「夏奈子の様子が変わったのは七日前からよ、私は彼女とほかの誰よりも仲が良かったからとても気になったの。
夏奈子、私とまったく話そうとしないから、夏奈子が亡くなる前日、悲しくって、家のマンションで泣いていたのよね、そしたら、ドアの向こうから声が聞こえて、彼女がいたのよ、しかも誰か女の人と一緒に。その女の人が何か告げたとたん夏奈子が恐れるようにその人を見て、取憑かれたように何かを探しはじめたのよ。ええっと・・・夏奈子の行動からして・・・草花だとおもうわ。
その女性は、色白で小柄、髪は腰までのストレート、瞳は、澄んだ色をしているけど、私の経験からして悲しそうな瞳、血で染まったような真っ赤な唇で、二十歳前後の歳よ。」
彼女はそういって、三鷹 夏奈子と同じマンションだからといい、自分のマンションの地図をくれた。とりあえず、その人物を探さなきゃならなそうだ。
まず、前谷 萌子が住んでいるマンションの防犯カメラの撮影を管理人の方に見せてもらった。
「夏奈子、私と話すと、死んでしまうかも、と前に話したよね、その話、期限は七日なの・・・あと・・・一日なのよ・・・。」
「え・・・?あの話って『かも知れないから気をつけてって』話じゃないの・・・?・・・・一応探したけど、見つからなかったわよ・・・?あと・・・一日? うそ・・・うそでしょ!?何とか言ってよ 幸希(ともき)!」
『幸希』それが犯人らしき人物の名前だ。
幸希というその女性は、防犯カメラじゃよく見えなかった。少しぼやけていたからだ。
その人物もこのマンションに住んでいるという。僕はすぐその部屋まで行った。
部屋は最上階の999号室一番奥の部屋だ。
『中島 幸希』表札にはそうかかれていた
ピンポーン
インターホンを鳴らした。
もう2分は経ったろう、留守なのか・・・
ガチャ
ドアノブが回った。留守ではないようだ。
中に入ると電気がついていて、少し薬臭かった。
人を殺す様な(あの会話はよくわからないが)人物が住んでいるようには見えない真っ白な部屋。
「どなたですか?」
咳とともに聞こえた声は防犯カメラの声より透き通った綺麗な声だった。本当にこの人が犯人なのか、一応、三鷹 夏奈子が亡くなったことを伝える事にした。
「三鷹さんが亡くなったことをご存知ですか?前谷さんという三鷹さんと同じ会社の方が、最近あなたと会っていたというのですが。」
彼女は僕の言葉と聞きゆっくりと口を開いた。
「夏奈子、亡くなってしまったの・・・。ええ、確かに私は夏奈子と最近よく会っていたわ。あなた、私が犯人だと思って来たのでしょう。そうね、私が殺したといえば殺してしまったのかしら・・・。
あ、あなた、そんな所にいないでこっちにきていいのよ。」
僕は、彼女に言われるままに歩いた。彼女のいる部屋も真っ白で、奥の窓際の角にベッドがおいてあり、そこに彼女が寝ていた。
夕日のオレンジ色の景色が窓から見えていた。
今は午後5時過ぎだ。
やけに慣れたような口調だ。何人も殺したのか?
殺したといえば殺したってどういうことだ・・・?
「ごめんなさい、言い方がおかしかった?不思議そうな顔をして。でも、そうなるのよ、私と話せば死んでしまうの。今までにも何人も亡くなってきたわ。刑事さんもよ。だから、私が疑われてもあなたみたいな警察でも知らなかったりするのね。私の話が変だから上の方からまで来るし。あなたも一週間後に死んでしまうわ・・・。」
そういえば昔、刑事が何人も死ぬという事件が話題になったっけ・・・。僕も死ぬ?なにいってるんだ、そんな簡単に決め付けるな!しかも自分が人を殺したのに何で平気な顔をしていられる!
「なぜ、君と話すと死んでしまうんだ?」
こみ上げる怒りをこらえ、一番気になっていたことを聞いた。
彼女はまたゆっくりと口を開いた。
「さあ、私にもさっぱりわからないわ、もう両親の顔も写真でしか思い出せない。私が言葉を発してから亡くなったのよ。
まあ、私が始めて言葉をしゃべったのは、中学生になってからだったわ。病気がちな私は、赤ちゃんの頃にひどい風邪をひき、のどが荒れてしまったけれど、小学生の頃に治ったわ、でも、声の出し方がわからず、中学になるまで声が出なかったって事は言えるけれど、死んでしまう原因はわからないわ。」
彼女は、少しどうでもよさそうに言った。そのとき僕は、防犯カメラの「一応探したけど・・・」という言葉を思い出した。
何を探したのだろう。何のために・・・
「ふふ、あなた、夏奈子が探していたものを知りたいの?」
僕はその発言にぎょっとした。僕の考えていた事がわかられている・・・。さっきも僕が警官だとわかった。いったい何者なんだ・・・?
「直感が鋭いだけよ、変な顔しないで。
夏奈子が探していたもの・・・夏奈子は、死なずに済む草を探していたの・・・その草を飲めば死なずに済むのよ、あなたもその草を飲めば生きられるわ。」
そうか、あの会話はこういう事だったのか・・・。
いや・・・ちょっと待てよ?
「なぜその草を飲めば治るんだ?なぜそんなことを知っているんだ!」
僕は、彼女が今までの証言を覆し、真実を話してくれる、そう思った。が、彼女はこう言ったのだ。
「むかし、母がお話を読んでくれたの。その話は全て実話だったわ。その話の中に『話をするだけで周りの人が死んでいってしまう』という話があったの。その話の中に草の話もあったのよ。でも結局そのはなしの真実は分からないままで終わったのよ。助かった人達は恐れて何も話してくれなかったから。
これで満足?ああ、そうだった。その草は血のような赤い色をしているのよ。私の鼓動と同じ速さで脈を打つからすぐに分かると思うわ。」
(八月十八日)
こういう訳だ。今僕が必死に探しているのはその草。
彼女はそう思っている。そう、僕は別に草を探しているわけではない。僕は彼女のおかれた状況、家系・・・・彼女について調べていた。資料はなかったが彼女がいろいろ教えてくれた、彼女はだんだん僕に信頼を持ち、僕も彼女を信頼している。最近笑顔まで見せてくれる。(彼女は美人な方だと思うが、普通の感覚で言えば話している事が不明だ。)
そして、僕は、孫が生きているとも知らなかった、中島 幸希に会った事もない中島 幸希のおばあさんという人にあった。その人から、中島 幸希の当時の家がまだそのままの状態であることを聞いた。
今、その家で中島 幸希の母親の日記を探している。
庭には大きな紅葉の木があった。時期でもないのに紅く紅葉している。そんな木はたくさんあるし、気にすることはないだろう。
僕は彼女の話によるとあと二日で死ぬ。その話は僕も信じている。信じなければ始まらない。
だが、もし本当なら(本当だと思うが)、僕は彼女も助けたい。彼女が恐れず人と話すことができるようになってほしいんだ。
午後二十時、今日は見つからなかった。明日見つけなければならない、僕には時間がない。
八月十九日
明日、僕は死ぬ。急がなければ・・・。焦る気持ちが行動となって出る。さっきから棚をぐちゃぐちゃにしている。
ドシーン
何か大きなものが落ちてきた。ダンボールの箱。
その中には日記が入っていた・・・。
謎が解けた。読み終わった僕の目から一粒の涙が流れた。
時計を見ると、もう二十四時をさしていた。
今日は家でゆっくり寝よう。最後の夜だから・・・。
八月二十日
僕は、午後三時ごろ目が覚めた。最近そんなに寝ていなかったから、起きるのが遅くなった。
僕は彼女の家に急いだ。僕が死ぬのは今日の午後五時ごろだ。あと一時間三十分。彼女の家まで三十分。時間がない。僕は必死だった。彼女にあのことを伝えるため。
彼女の家に着いた。彼女はいつものところで寝ていた。寝ているといっても目は覚めている。ベッドで横になっているだけだ。
「どうしたの?」
彼女が突然話しかけてきた。僕は笑って、
「わかっているはずだ。」
と答えた。彼女は直感が鋭いと自分で言っていたからだ。
「どうだった?調べた結果。」
不安そうな声だ。初めて聞いた。僕が死ぬまであと五十分。急いで結果を話さなければ
「君の母親の日記を拝見させてもらった。おかげですべてがわかった。」
彼女は不安な顔をして僕の方をみた。目からは涙が落ちている。
彼女は怖いんだ。真実を言われるのが。
「君のお母さんは、君にお話を聞かせたことはない。なぜなら君がお母さんを殺してしまったからだ。正確には君の言葉に傷ついたお母さんが自殺をした。そして君はお母さんの遺書に書かれたとおりにお母さんを庭に埋めた。始まりはこんな感じだろ?」
彼女は震えながらゆっくりうなずいた。
あと三十分。僕が死ぬ時間は迫ってきている。
「そして君はアリバイ理由を作ろうとした。最終的に僕に話したあの話になった。でも君はあることを忘れていた。だから僕は気になったんだ。君は、その話、誰から聞いたんだ?誰も話してくれなきゃ誰も知らないだろう?もうちょっと考えとくべきだったな。だが、君の言った赤い草の話は本当だと信じている。その赤い草。本当は木なんだろ?君のうちの庭にもある、お母さんの木
『紅葉』」
その瞬間彼女の姿が消えた。残っていた物といえば、僕の目に残った彼女の笑顔と、僕の話を聞きながら、うなずきながら流していた涙のあと、そして震えていた彼女が掴んだ僕の手の感触。
紅葉が赤いのは彼女の母親の血の色。でも誰も紅葉が脈を打ったところなど見たことが無い。そう、彼女はずいぶん前に亡くなっている。それも何百、または何千というほど前に…。僕が今まで見てきた家、おばあさん。すべて彼女が架空の空間でつくり出したもの。僕は見事に彼女に騙されたというわけだ。
彼女がどうやって人を殺したかはまだわからない。これからゆっくり聞くつもりだ。これから・・・僕は死ぬから。
彼女は人をひどく恨んでいた。だから人を殺していたんだ。でも、本当は、自分を信じてほしかった。ということもあったのだろう。
はあ、今日(いや、最近ずっとだが)は疲れた。少し眠るか。
僕はきっとこのまま目を開けることは無いだろう・・・・・。
ザ、ザザ、ザザザザ、ザザザザ、風が僕の耳元でなった。窓は閉まっていたはずなのに・・・・・・・・。聞きなれた声が聞こえる。
「教えてあげる、私、人が憎かったから、のり移って殺していたの。でもあなたは、私を信じ、素直にいろいろ教えたり話したりしてくれた。あなたは殺さないであげる、でも、もっとあなたと話したかったな。さようなら。」
目が覚めた僕は部屋にいた。いつもの僕の部屋。
でも違うところがある。彼女が置いていってくれた写真。
もう一つ、僕は、人を信じることのできる喜びを知った。
彼女は教えてくれた。僕に、『命』を。
その後僕は転職し、普段どおりに仕事をこなし生活していった。
普通の日々なのだが、何かが物足りない、そんな日が続いていた。
三年後――。
今日は新入社員が来るという。
最近僕は、『あの事件』の夢をよく見る。
別に僕は、彼女にまた会えるなんて夢のような事を望んでいるわけじゃない。彼女の分まで生きようと思っている。でも、夢に見るなんて何かあると、ついつい思ってしまう・・・。
もうすぐ新入社員が来る時間だ。
「こんにちは、新人社員の中島 幸希です。」
周りの男性社員が歓心の声を上げる中、彼女はこっちを向いて、にっこり笑った。僕は引きつりながらふっと笑い返した。
これからは忙しくなりそうだ。
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