「うっはぁ!綺麗な海だ。魚いるかなぁ。」
ボロボロで泥だらけの服を着ている少年が、海を見ながら叫んだ。靴は履いていない。少年の足は傷だらけで服と同じくボロボロだ。
顔や身長から見て、歳は18、19ほどだが、ひげはまだ生えていない。髪は長い間切っていないようで真っ黒の髪がだらしなく伸びている。
18ほどの少年らしく、たくましい体つきをしている。
「義樹(ヨシキ)!ヤット追イツイタ。」
先ほどの少年はどうやら義樹という名前らしい。
義樹を追ってきたのは瞳が緑色の14、5歳の男の子だ。
日本人ではなさそうだが言語は日本語をしゃべっている。
日本人と比べるとぎこちないが、かなり上手だ。
少し茶系の髪の毛は義樹と違い整ったショートカットだ。それでも他と比べるとやはり少し長い。そしてこの少年もまた、同じように服がボロボロだ。
しかしこの少年は靴を履いている。かなり泥だらけだが、ちゃんとした『靴』だ。
「おう。アーク、来たか。」
少し偉そうに義樹は言った。
「見ろ、この海、きっと美味い魚がいるぜ。」
アークと呼ばれた少年は、少し、あきれたような顔をしたが、すぐ、ニコッと笑った。
幼い子を見守る親のような顔だ。義樹よりアークのほうがしっかりしている様だ。
実はこの2人、ずいぶん前から旅をしている。
アークは2年ほど前から義樹の旅について来ているのだが、義樹はいつから旅をしているのかわからない。アークも知らない。
「旅のお方。」
いきなり声が聞こえ、2人は急いで振り返った。
そこには綺麗な女性が立っていた。
歳は20代前半といった所だろう。しかし人間ではなかった。
「私はこの地域の守護者です。見たところ今ここに着いたばかりのご様子、日ももうすぐ暮れますし、泊まるところがなければ、今夜は私の家にお泊りになられてはどうでしょう。」
まるで水のせせらぎのような澄んだ声だった。
「お前、妖怪か?」
義樹が聞くとその女性は頷いた。
その女性は清良(すいら)といい、魚に近い種族である。
一瞬人間に見えるが、よく見ると、首の横にはえらだと思われる切れ目がある。
頬や、首、手足、いたるところに鱗がうっすらついている。
呼吸はえら呼吸も肺呼吸も出来るが、肺呼吸は気分が優れないときなど意識していないと出来ない時もある。基本はえら呼吸なので、肺呼吸はえら呼吸に比べると息苦しい。
「じゃ、お言葉に甘えて。泊まらせてください。」
義樹が言うと清良はうれしそうに微笑んだ。
こっちです。と清良に言われ、一歩下がって清良をおって歩いていた。
少し歩いてから、アークが怪訝そうな顔をして義樹に話しかけた。
「義樹、イツモ宿コトワルノニ。ドウシタノサ?」
清良に聞こえないように小さな声で聞いた。
義樹は質問に答えずに、ただ、苦笑いをしただけだった。
「着きましたよ。」
10分ほど歩いた所にある崖の上の大きな家。
かわいらしく、清良のイメージにピッタリ来る。崖の下は浜辺で、海が見える。
中に入るとリビングルームに大きな窓があり、海は水平線が少し丸み帯びて見えるほど広く遠くまで見える。
暗くなりかけた空に合わせるかのように静かに海は波打っていた。
夜6時30分だった。
「あ、残念ですね。もう少し早く来ていればこの窓から海に沈む夕日が見られたのに。」
清良が言うと、アークは見たかったと目を輝かせたが、義樹は
『そんなロマンチストじゃねえよ』
と笑っていった。
「いつまでいらっしゃいますか?旅の方でしょうからあまり長くはいられないでしょうが。」
義樹は少し考えてから、気が向いたら出るのでいいか?と聞いた。
「ええ、いつも一人で寂しいので、いて下さるのはうれしいです。」
清良はにっこり笑ってそう答えた。

3日たった、義樹たちはまだ清良の家にいた。
「義樹、ソロソロ教エテヨ。清良ノ家ニ泊マッタ訳ヲサ」
義樹はため息をついた。
あれからというものアークはずっと義樹にこの質問をしているのだ。
「私も知りたいな。」
3日のうちにすっかり敬語が抜け、幾分か仲良くなった清良が後ろから話しかけてきた。
「こう見えてもいろんな種族の血が混ざっているの、だから最初の日から話は筒抜けだったわよ。」
いつもの笑顔で清良が言った。
「オレは嫌いなんだ。人間が。」
義樹はいつもより低い声でそういうと外に出て行ってしまった。
「アーク、知ってた?」
清良が聞くと、アークは首を横に振った。
「知ラナカッタ。デモ、言ワレテミルト、ソウイウ所、アッタカモ。」
そういいながらアークは少し俯いた。
「そう。人間が嫌い・・・。」
清良もまた俯いた。
だが、5秒ほど経ったとき、首を上げ、急いで外へ出て行った。
義樹は、海岸のほうにいた。
「義樹」
清良が呼ぶと、義樹は何事もなかったかのように話し出した。
「おう、清良!見ろよ、キレイだぜ。」
義樹が指差した先には海に沈む夕日があった。
「ロマンチストじゃないんじゃなかったの。」
清良はそっけなく答えた。
「義樹、なんで」
清良が言おうとしたとき、義樹が口を挟んだ。
「はは、見てみると結構綺麗だったんだよ。オレ好きだな、こういう自然の風景。」
清良はいつもと違う義樹に少し戸惑った。
そうしている内に、義樹がまた話し出した。
「オレが、何で人間を嫌うのかを聞きに来たんだろ?簡単さ。
人間は自然を壊す、自分たちが一番偉いと思い込んでいる。こんな綺麗な景色をどんどんつぶしていく。山も、川も、空気もどんどん汚していく。
オレはそんな人間を許せない、だから、嫌いなんだよ。人間なんか。」
清良はしばらく黙っていた。
アークはいつの間にかここに着いていたらしく、義樹の隣にいた。
「綺麗な景色を壊す、か。確かにたくさんの自然を壊しているわ。
私も元は海に住んでいたもの。でも、海に住めなくなった。
海が汚れたからよ、人間のせいで。」
義樹は「ほらな」と笑った。清良は続けた。
「でも、義樹も人間なのよ。
どんなに否定をしても、どんなに人間を嫌っても、義樹、貴方は人間なのよ。」
清良は寂しそうな笑顔で義樹の顔を見た。義樹は顔をそらした。
「わかってる。
でも、なるべく自然を壊さないように旅をして来たんだ。
町にいれば自然を壊すものばかりがあって、オレには自然を壊す生き方は出来ないから。旅に出て、自然と一緒になりながら生きていこうって決めたんだ。」
義樹はつぶやく様にそう言った。
「そうね。人間の町、人間の作った物の多くは自然を犠牲にするものばかり。
でも、その逆もあるでしょう?
自然を守ろうと努力する人達は、最近よくいるじゃない。自然をなるべく壊さないように改良された機械類も出てきたわ。
それに、綺麗なのは、自然だけじゃないわ。」
清良はそう言うと義樹を引っ張った。
ついて行くから手を放せと義樹が言ったので、清良は手を放して歩いた。
山の、丁度上から町がよく見える場所に着いた。
「人間の建物なんか。」
義樹がつぶやいた。
高いビルが立ち並んでいた。もうとっくに日は沈み夜になっていた。
「義樹、ビルをビルとして見ないで、全てを景色として見て。
ほら、ネオンが光って、こんなに綺麗なのよ。」
清良は笑って義樹を見た。
「でも、これも自然を犠牲にして出来た景色だ。」
義樹は吐き捨てるように行った。
「デモ、綺麗ダヨ。僕、コノ景色モ好キダナ。義樹、意地張ッテル。
僕、見タヨ。コノ景色見タ時一瞬顔ガ緩ンダノ。」
アークは歯を見せてわらった。
「アーク…確かに綺麗なのは認める。でも、それだけじゃこの気持ちは消えない。」
義樹の言葉を聞いた清良は少し考えてから歌いだした。
歌詞は分からない。けれど綺麗な歌だった。
「ねえ、義樹。もう少し、心を開こうよ。
私、海を追い出されたとき、正直人間を恨んだ。
でも、でもね。私が追い出された海で、子供が楽しそうに遊んでいるの。
花火をしたり、焼き鳥を食べたり。すごく楽しそうなのよ。
それを見てるとね、汚されるのは悲しいけど、代わりにこんな笑顔が見られるなら、私は我慢しようかなって思えたの。
だんだん人間を分かっていった。人間に心を開く事が出来た。
そしたら、人間が大好きになった。だからアークや義樹にも会えたしね。」
歌い終わった清良がそう言った。目には少し涙が浮かんでいた。
「心を開く、か」
義樹は少し考えていた。
「そうだな、今すぐは無理だけど、やってみるよ。アークには心を開く事が出来たんだしな。」
そう言って、義樹は少し微笑んだ。
次の日義樹とアークは清良のうちを出てまた旅に向かっていった。
「アーク、今度は人間の町に出てみるか。」
義樹の提案にアークは喜んで賛成した。
着いた町は自然保護中心の町だった。
義樹と似たような考えを持つ者達が集った町だ。
「まさか、オレと同じ考えのやつらがこんなに集まってる町に着くなんて。運命かもしれないな。」
アークに笑いかけた。
「ココニハ、ドノクライイルツモリ?」
アークの質問に義樹は「さあな」と肩を上げただけだった。

数年後、世界は変わった。
自然の保護者と呼ばれた天才科学者『義樹』その助手『アーク』の手によって。